くらり

メンヘラと中二病

いきてる さん

12月に祖父が死んで
1月に養父の父が死んで
2月に愛しくて愛しくて仕方のない猫が死んで
人間が死んだのは悲しくないのに
ネコが死んだことを未だに悲しんで
毎日毎日しにてえなと、おもう

毎日一緒に寝てた
わたしにしか抱っこさせなかった
いつも一緒にいた
他の猫と比べてしまう

何時ものように私のところに来て
何時ものように抱き上げたら
そのまま心臓発作で逝ってしまった

今までずーっと認められなくて
いつまでも泣いて
認めたら認めたで泣いて
あの子の写真いまでも見れない
かわいそう


死にたいのに生きてるから
生きているから仕事に行かないといけない
生きているから腹も減るし睡眠もする
生きたくないのに生きるための活動をしている
矛盾

いつか、いつか
今まで死んでいった子達みたいに
死んだ日付を直ぐに思い出せなくなって
いないことが当たり前になって
写真も当たり前に見返せるようになって
思い出すことも少なくなって
普通に生活するようになる日がくるのが
一番悲しい。

かなしい

いきてる に

いちねん???たったのね。
葬式があって、ああ、先を越されたと思いました。
祖父なのでまあ、普通の未来だったんですが。


まだまだ毎日毎日を、しにたいまま過ごしてるけど
仕事が忙しいとそれで没頭して忘れるし、いますぐ死んでもいいやという思いのままでいきている

死ぬって言ったくせに、ね。

だめです

友人と遊ぶのが面倒で嫌で仕方がない。

彼女のために化粧品を消費する価値があるのか疑問だし、わたしの大切な睡眠時間が奪われる価値があるのか疑問だし、かといって土壇場キャンセルすればグチグチとうるさいし、面倒なことこの上ない。

ただいま

結局のところ、ダメでした。
死にもせず、ただ無駄に生きながらえてるだけ。

思うところがあり、LINEもTwitterもアカウント削除の末にアプリごと削除しました。
たった一つの行動で、友人と呼べる人間が0人に。
つまるところ、その程度の繋がりであったということなので、煩わしさ共にさよならです。

嫌だと思うところが沢山あって、自分の自己評価が低いのも相まって、「なぜ私程度でも出来ることが出来ず、私程度でも汲めるものが汲めないのか」と、ひとりで勝手に評価を下げていった結果です。

自身が指定した時間に来ない。
それの五分前に着いていたことなど一度もない。
遅れそうになっても連絡は来ない。
ごめんね。とへらりと笑うだけだ。
好きでもないくせに私が行くことすら出来ない個展に行く。
別に行くのは個人の勝手だからどうでもいいけど、それをわざわざ自慢してくる。

嫌で嫌で仕方なかった。
そんな小さなことでも、嫌だったから。

LINEという通信手段を消してしまえば、後に残るのは何にもないのだから、薄っぺらな関係だったなと思うのです。

後半なんて唯の我儘ですけどね。